(イラスト:Pawel Mildner)
9月10日のThe New York Timesに、肥満治療と腸内細菌の関係の研究の記事がありました。
アメリカでは、約40%の成人(20%以上)が肥満と言われており、社会問題になっています。
ファーストフードに代表される食事の問題や、車社会で身体を動かす機会がないなど、色々な肥満への原因の議論がされています。
肥満の研究での、新しい分野は腸と代謝疾患の関係です。
その中でも、「便微生物移植」と言われる、新しい治療方法の研究が話題になっています。
この方法は、アメリカの肥満の問題を解決できるのでしょうか?
便微生物移植の研究の被験者集め?
便微生物移植は英語ではfecal microbiota transplants (F.M.T.)と言われており、fecalとは大便、microbiotaとは細菌叢(さいきんそう)、そしてtransplantsが移植という意味です。
ですので、他人の大便内の細菌を、体内にカプセルを使っての経口か、腸へ直接に移植するということです。
この実験研究を行っているアメリカ ボストンのマサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital)の内分泌学者のエレイン ユー博士(Dr. Elaine Yu)は、この実験の計画段階で被験者が集まるか非常に心配だったそうです。
彼女はこのカプセルのことを「poop pill」、直訳すれば「うんちカプセル」と呼んでおり、これを飲ませられる実験って無理そうだな、と思ったそうです。
それもそうですよね、人の便を自分の身体に入れるって。。いくら肥満で悩んでいたって、やはり躊躇すると思います。
ところが、被験者を募集したところ、彼女の思惑が外れ多くの被験者の募集があったようです。それも、遠くはハワイやアラスカから応募があったようです。
腸と代謝疾患の関係
ここ数年の研究では、腸と代謝疾患の関係が肥満の治療に役立つのではないかと言われています。
それは最近、科学者が腸内に内在する細菌叢といわれる何兆もの細菌の働きが、体重増加と代謝疾患に関係があると研究を通して明らかなってきたからです。
そして、現在での小さな規模の実験で、痩せている人の腸内細菌を肥満の患者に移植する便微生物移植が、患者の代謝と体重に少なからず関与するのではないかと、研究が始まったところです。
痩せ型と肥満の人の細菌叢
この始まったばかりの研究の結果からは、色々な考察があり、また疑問視する人も多くいます。
ある人は、移植は肥満の根本的な解決にはならないと言っている人もいます。やはり肥満は食事改善、運動、日々の行動を見直すための心理相談、そして2型糖尿病と合わせての治療が一番と言っています。
しかし、逆にこの研究を通して、未だ解明されていない細菌叢の中に代謝に有効な細菌が見つかるかもしれず、そしてそれが体重を減らす方法の一つになるかもしれないという人もいます。
研究では、痩せている人の細菌叢の特徴と肥満のそれとでは、大きな違いがあることが解っています。
例えば、肥満、そしてインスリン抵抗(Insulin resistance)と脂肪性肝疾患(fatty liver disease)の患者の細菌叢は、その種類が少ないことが解っており、またフィルミクテス門(Firmicutes)と言われる細菌のレベルが高いことが解っています。
便微生物移植で影響のある疾患
メイヨークリニック(Mayo Clinic)のプルナ カシャップ博士(Dr. Purna Kshyap)はクロストリジウム・ディフィシルという疾患には便微生物移植が有効であるのではと提唱しています。
なぜなら、健全な人の細菌を入れることで、害のある細菌を追い出し、腸の均衡を保つという理論は適切だと思うというのが、その理由だそうですが、ただ、肥満と代謝疾患はとても複雑な原因、例えば遺伝、環境、また生活習慣、などが関わってくるので、新しい細菌を入れるという一つの治療方法で、全てが解決するかというのは疑問と付け加えています。
ユー博士の実験
マサチューセッツ総合病院のユー博士は、インスリン抵抗のある24人の肥満男性と女性と、また痩せているドナーを集めました。
痩せているドナーは厳しい検査を受けて「健康」と認識された群です。
被験者は毎週カプセルを飲み、12週間後に腸内環境の検査が再度行われます。
結果は、代謝機能の向上に優位な結果はでませんでした。
その他の研究
- ボストンのBrigham and Women’s Hospitalの研究では、カプセルが肥満被験者の細菌叢に変化を与え、肝臓の代謝によい結果がでたとの報告があります。
- また、カナダでは、脂肪性肝疾患の患者にカプセルの投与がおこなわれ、その結果のレビューを待っている状態です。
- 2012年のオランダでの実験では、痩せたドナーの細菌を肥満の被験者に入れたところ、6週間でインスリン感受性と細菌の多様性が鋭く変化があったという研究報告があります。
- 痩せた女性が、肥満の娘から便微生物移植を受けたところ、すぐに15キロ近く体重が増えたと発表されています。ただ、体重増加は移植が全ての原因かは確実には結論付けられないとしています。
まとめ
この新しい便微生物移植という方法は、とても面白い観点だと思います。
ある仮説では、正常ではない細菌叢は、腸壁を傷つけ、その傷口から害のある病原のもとになる菌などが血流に流れだしてしまうことで、代謝異常や体重増加につながるとしています。
そして、この状態が続くと、炎症がおこったり、インスリン抵抗や心臓疾患、そして自律性疾患になると言われています。
ユー博士の実験も含めて、これまで行われた便微生物移植での実験は、体重に変化が大きく起こるような長い間の期間行われていません。ですので、今後十分な被験者と期間の長い実験を通して、 肥満に関連した疾患の治療に役立つ原因が解明され 、細菌叢に影響力のある新薬やプロバイオティクスが出てくることを願っています。
私見
科学の分野って、本当に地道な研究の積み重ねですよね。現代の最新技術と知識で、様々な実験を考え、その結果を考察して、また違う観点から取り組む。という気の遠くなるような作業です。
ユー博士は謙虚にこの実験が魔法の新薬を開発できるとは思っていないと言っていますが、ただ少しでも人の役に立つという使命で実験を行っていることは素晴らしいと思います
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