2019年10月1日に、Annals of Internal Medicine「アナルズ・オブ・インターナル・メディシン」(内科学会年報)で赤身肉や加工肉の摂取を減らしても健康上のメリットはほとんどないという結果が報告されました。
これは結構色々なところで取り上げられていて、これまで主要な国際機関が提唱してきたアドバイスとは矛盾する内容で、困惑や反発が起きています。
アメリカのアイビーリーグの大学医師からは、公衆衛生上の理由から撤回をもとめているとのこと。
今回はこのレポートを考察していきたいと思います。
さらに今回の調査は環境問題は考慮されていないということで、これも含めて牛肉産業に関して考えていきたいと思います。
アメリカの家庭での肉の消費の変化
アメリカでは、牛肉は第二次世界大戦後の繁栄の大切なシンボルであり、アメリカの夕食には必要な食材でした。
しかし、健康への影響に関する懸念が高まるにつれて、牛肉の消費量は1970年代半ばから着実に減少し、主に鶏肉に取って代わってきたという経緯があります。
「かつては赤身の肉は高い社会階級の象徴でしたが、それは変化しています」とHarvard T.H. Chan School of Public Healthの栄養部長であるDr. Frank Hu(フランク・フー博士)は言っており、続けて「今日では教育水準の高いアメリカ人ほど、食べる赤身の肉が少ない」と指摘しています。
それでも、米国疾病対策予防センターによると、平均的なアメリカ人は週に約4.5食(4.5Servings)ほどの赤肉を食べています。そして人口の約10%が1日に少なくとも2食(2 Servings)を食べているとのことです。
これまでの様々な研究から、牛肉の消費は心臓疾患や癌などを引き起こす可能性が示唆されてきました。そのため、健康維持のために肉の摂取を控えるのがよいとされてきていましたが、今回の新しい調査はこれまでの研究結果を覆す報告となっています。
調査報告の概要
新しいレポートは、7か国の14人の研究者グループによる3年間のリサーチの結果となっています。そして3人のグループの代表者がおり、この研究の責任者は、カナダのDalhousie Univsersity(ダルハウジー大学)の疫学者のBradley Johnstonブラッドリー・ジョンストン博士となっています。
また、研究者は利益相反がないことを報告し、外部資金なしで研究を行ったようです。
このレポートでは、ジョンストン博士は「約5万4000人を対象とした12件のランダム化比較試験では、赤身肉や加工肉の摂取量が少ない人における心臓病、がん、糖尿病のリスクにおいて、統計的に有意な関連性は認められなかった」と指摘。
そして「菜食主義者や肉をあまり食べない人は、健康上の懸念を口にすることが多いが、肉を控える利点は不確かであり、利点はあったとしても非常に小さい」と付け加えています。
批判
この発表がされてから、すでに様々な研究者から激しい批判を受けています。The American Heart Association (アメリカ心臓協会), the American Cancer Society(アメリカ癌協会, the Harvard T.H. Chan School of Public Health(ハーバードT.H.チャンスクールオブパブリックヘルス)およびその他のグループは、調査結果とそれらを公開したジャーナル猛烈に批判しています。
一部の人々は、ジャーナルの編集部に出版を遅らせるよう求めました。声明の中で、ハーバード大学の科学者は、結論は「栄養科学の信頼性を損ない、科学研究に対する国民の信頼を損なう」と警告した。
植物ベースのダイエットを提唱する団体のPhysicians Committee for Responsible Medicine(責任ある医学のための医師委員会)は、10月2日(水)に連邦取引委員会にAnnals of Internal Medicineに対する請願を提出しました。
またアメリカ心臓協会の栄養委員会の元委員長であるDr. Frank Sacks(フランク・サックス博士)は、この研究を「致命的な欠陥」と呼びました。
この発表は、人気のある高タンパク食の支持者には受け入れられることは確かですが、数年ごとに変わる食事療法のアドバイスに対する世論の不安が増すことは確実なようです。
批判に関する5つの議論点
9月30日のNew York Timesの記事「That Perplexing Red Meat Controversy: 5 Things to Know」に批判に関して5つの議論点が説明されていたので、それをここで説明していきます。

議論点 1.
まず第一は、栄養に関する研究は、厳格な科学的基準を満たしていない場合が多いということです。
栄養研究の大部分は「観察」です。肉を食べる人の研究の場合、被験者は肉だけを食べているわけではないので、全ての食事を覚えて性格に報告するのは確実性に乏しくなります。ですので、被験者が何を実際に食べているのかを知り結果につなげていくのは困難となります。
さらに、肉を食べる量も人によって多い少ないという判断が人それぞれで難しく、健康への影響もさまざまで個人によって変わります。
研究者はこれらの変動を統計で修正しようとしますが、多くの専門家は、人間の栄養のような複雑なシステムでは特に信頼性が低いと言います。

2018年のスタンフォード大学の研究分析の専門家は、これまでのガイドラインと違うことをレポートで発表する前に、食事パターンの長期ランダム化比較試験を行うべきだと主張しています。
議論点 2
この研究では、食肉を減らすことで健康上のメリットがわずかに得られるとしています。しかし、それはほんの少しのメリットで全体的にみて健康に良い影響を与えるかというのは解らないとしています。
例えば、この発表の著者が引用した結果ですが、人々が週に3食分食肉の消費を減らすとすると、1,000人あたり心臓発作が1〜6回少なくなる可能性があるとしてています。しかし、消費を減らしたところで、心臓病またはすべての原因に起因する死亡には影響がないとしています。
同じく、癌については、週に3食分食肉の消費量を減らすと、1,000人当たりのがんによる死亡が7人少なくなる可能性があるとグループは報告しています。しかし、それは乳がん、結腸直腸がん、食道がん、胃がん、膵臓がん、前立腺がんになるリスクには影響がないと報告しています。
議論点 3
たとえ、メリットが少しでもあるのであれば、それは健康上の利点があると、Harvard T.H. Chan School of Public Healthの栄養部長であるDr. Frank Hu(フランク・フー博士)は言っています。
彼は「これらのリスクの削減は、公衆衛生の観点からは小さくはなく、赤身肉や加工肉を多く含む食事を摂取する人々が多いアメリカでは、数百人から数千人の命を救うことができます。食事の習慣やライフスタイルを少し変えたりするだけで、複数の健康上の利点がある可能性があると伝えています。
議論点 4
主要な医療機関は、これまでの食事のガイドラインを守ることを勧めています。
アメリカ癌協会とアメリカ心臓協会は、健康維持のために赤身の肉の消費を少なくするようにと声明をすぐに発表しました。
議論点 5
このようにガイドラインが変わるということは、人々は何を基準にすればよいのか解らなくなります。
確かに、科学的研究から導き出された結果を基にしたガイドラインは必要ですが、それはあくまでも推奨ですので、結局は個人が責任をもって食事をする必要があるということでしょうか。
Indiana University の公衆衛生学部長のDr. David Allisonは、今回のこの研究には参加していないようですが、この研究の結果を支持しているようです。
彼は「赤肉は健康に良くないから食べないという行動と科学的結論は違う」と言っています。
要は、赤身の肉や加工肉の摂取量を減らすことで健康が改善されると考えるのは個人の自由だが、今回のレポートでは「証拠はそれを裏付けていない」ということです。
ただ、このDr. David Allisonは、食肉生産者向けのロビー活動団体である全米牛肉協会から研究資金を受けていることを認識しておく必要があるでしょう。
食物ベースのダイエットを提唱する医師からの意見
Physicians Committee for Responsible Medicine(責任ある医学のための医師委員会)は、連邦取引委員会にAnnals of Internal Medicineに対して提訴をした団体です。
その会の医師であるのNeal Bernard, MD(ニール バーナード医師)は、以下のビデオで、このレポートは正しくないと反論しています。
まず、BMI(Body Mass Index)という、体重と身長から算出される肥満度を表す体格指数を例に挙げています。
健康的な人のBMIは25以下とされています。25以上ですと過体重、30以上ですと肥満とされている指数です。
彼によると、肉を定期的に食べている人のBMIは28.8、週に一回食べる人は27.3、そして菜食の人は23.6とされています。
肉を食べる人は、過体重の率が高く、菜食の人は健康の指数となっています。
次に糖尿病の罹患率をみますと、肉を定期的に食べている人は7.8%、週に一回食べる人は6.1%、そして菜食の人は2.9%とされています。
これらは一部の数値ですが、肉食を減らすこととのメリットはこれまでの研究結果から一貫しており、肉食を減らせば身体に良いことは一目瞭然としています。
高タンパク質食の問題
昨今、色々なダイエット方法があり、その中で高タンパク質ダイエットというのがあります。
良質なタンパク質を摂取することは体の機能を維持するのに必要な事ですが、やはり摂り過ぎは長期的な視点からはよくありません。
もちろんタンパク質は大切です。しかし、体が必要としているタンパク質の量というのは決まっています。一日当たりタンパク質1.0g~1.6g/体重kgというのが一般的な見方です。これは個々の運動量や体質などによって決めるべきですが、2g/体重kgを超えると良くないとされています。
ですので、タンパク質が大事だといって、高タンパク質食をするというのは短絡的な考えになります。
特に動物性タンパク質からの高タンパク質食は、消化から生じる有害物質の体内での蓄積が問題となります。
タンパク質が消化されるときに、タンパク質内の窒素分子が分解されアンモニアが出来ます。これが尿素に代謝され排泄されますが、高タンパク質だと全て排泄出来ず高レベルのアンモニアの体内蓄積を発生させることになります。
アンモニアは言うまでもなく体にとっては毒ですので、体での蓄積には気を付けるべきです。
2015年の研究では、アンモニアは人間の中枢神経系に対して毒性があり、心理的障害や行動障害を引き起こす可能性があるとしています。

アンモニアは血液脳関門を通過してしまい、脳にも影響を与え、ひいては感情(うつ症状・不安)に影響を与えることが示唆されています。
ですので、高タンパク質食はすべての人に適していることはありません。低タンパク質食の人に食べさせるという意味ではよいですが、適量以上に高タンパク質食になると身体にはよくないとされています。
環境問題
牛を飼育し、消費するのは非倫理的であると指摘する人もいます。また、赤肉を食べることは環境にとってよくないと主張する人もいます。
New York Timesで面白い記事がありました。Aaron Carrollによる「The Real Problem with Beef」です。

牛肉に関する、環境問題は5点あります。
- 地球上で氷のない土地のほぼ30%が家畜の飼育に使用されている。動物を養うためにたくさんの作物を育て、そのためにたくさんの森林を切り倒す必要があります。
- 牛肉は豚肉や鶏肉に比べ、より多くの土地を必要とするため、環境への害が懸念されます。
- そして鶏肉または豚肉の一食当たりの温室効果ガスの生産は、牛肉の一食当たりの約20パーセントです。
- 牛肉は多くの飼料を必要とします。
- 牛はまた、大量のメタンを排出し、温室効果ガスの排出のほぼ10%を引き起こします。これが気候変動の一因となっているとされています。
肉代替品
もし牛の飼育が非倫理的で環境にもよくないとするのであればその肉代替品を模索する必要があるとの意見があります。
そのため最近、肉代替品の商品が市場にでてきています。
例えば、Beyond MeatのエンドウタンパクまたはImpossible Burgerの大豆がビーフバーガーの代替品となり、牛の必要性を減らすことができるかもしれないとされています。
Beyond Meatはマクドナルドが使っており、Impossible Burgerはバーガーキングが使用しているようです。
ひき肉の代替品は意味がない
ただ、ハンバーガーの肉代替品はあまり意味のないという意見もあります。2つあります。
ひき肉代替品意味がない理由1
一つ目は、その栄養価。例えば、Impossible Burgerをみてみるとバーガーキングの商品「Impossible Whopper」には630カロリーがあります(従来のWhopperの660に対して)。また、同量の飽和脂肪とタンパク質、およびより多くのナトリウム(塩分)と炭水化物が含まれています。切り替えても健康によいとはいえません。
ひき肉代替品意味がない理由2
2つ目は、ハンバーガーの肉代替品は牛の個体数を減らすことはできないという意見です。食物システムの専門家Sarah Taberによると問題はひき肉ではなくステーキということです。
彼女によると、ひき肉は「高価な食肉(ステーキなど)のために屠殺された後の残りの部分から、または乳牛から生産されます。ですので、たとえ誰もがハンバーガーを食べなくなっても、同じ数の牛がまだ飼育され給餌する必要があります。」とのこと。
言い換えれば、屠殺された牛の数を減らすことで環境を改善するには、アメリカ人が楽しんでいる他の多くの牛肉に変わる食材を見つける必要があるということになります。
まとめ
今回のレポートは、確かに肉の消費は健康に良いとされる研究結果もあるのは確かだが、それは非常に少ないとしています。
そして、その少ないメリットのために、これまでの肉食の習慣を変えるほどの意味はないというのが論点です。
この研究では、研究者に利益相反がなく、また外部資金(特に牛肉産業)なしで研究を行ったという点は評価されるべきと思いますが、権威ある学会、協会、また大学などから多くの批判を受けているのは再考・再試する必要があるように思います。
またタンパク質が、体を維持していく上で重要なのは明らかですが、その量や取り方は個々で考える必要がありそうです。特に、一日当たりタンパク質2.0g/体重kg以上を摂取するのは良くないとされているので、個人の体質や運動量から個人で考える必要があります。
さらに動物性タンパク質を取る場合には、体に有害なアンモニアを発生されるので動物性の高タンパク質食を取る場合には注意が必要です。
そしてやはり環境問題にも影響があります。特に牛はその個体の大きさから土地、飼料、またメタンガスによる温室効果が懸念されています。
そういった意味で、牛の個体数を減らすために色々な研究がされているようですが、今のところそれほど効果はないようです。
また、牛への依存を大幅に減らすには、牛乳消費を再考する必要もあると思います。オート麦、アーモンド、カシューナッツや大豆などの代替牛乳は良い傾向ですが、アメリカでは乳業は依然として優勢です。
(アメリカで乳製品の健康に関する乳製品業界の主張はやや大げさに感じます。牛乳は、多くの人が信じているほど「健康に必要」ではないというのが最近の主流になってきているようですがさすが乳産業は強いです。)
この多くの議論を呼び起こしているレポートですが、食のガイドラインが変わるということで、一般人にしてみれば、やはり個人でしっかりと自己管理をしていく方法しかないようです。
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