トライアスロン界のレジェンド、Jan Frodenoが最近のニュースレターで、いま話題の「Enhanced Games」を取り上げています。これは、ドーピングを全面的に解禁したらスポーツはもっと面白くなるのではないか、という発想から、富裕な出資者たちによって生まれた大会。2026年5月24日、ラスベガスで第1回が開催されました。大会サイトにはサプリメントの販売ページまで組み込まれていた、とJanは指摘します。
結果はどうだったか。優勝した重量挙げの記録はパリ五輪なら10位相当。世界新とされた水泳は、公式タイムの時点でまだ壁に到達していなかったことが映像から分かる始末。Janはここに、1998年ツール・ド・フランスのフェスティナ事件を重ねます。ドーピング物質を積んだ車が国境で摘発され、スポーツが崩壊寸前まで揺れたあの騒動。けれど時計メーカーであるフェスティナの売上は、皮肉にも伸びたのだそうです。「悪い宣伝など存在しない、あるのは宣伝だけ」というわけです。
Janはこのように考察しています。Enhanced Gamesの本質はサプリメント企業であり、大会そのものが広告。スキャンダルはリスクではなく、商品そのものなのだ、と。
そして彼のこの記事での主張です。Janはテニスコーチであり著述家のティム・ガルウェイの名著『インナーゲーム』(1974年)を引きながら、対戦相手とは敵ではなく、自分という存在を可能にしてくれる相手だと書きます。相手がいるからこそ、到達すべき水準が生まれ、自分が本当に何を持っているのかが分かる。薬物でも、完璧な睡眠スコアでも、それは作り出せない。
Enhanced Gamesが失敗したのは、薬物が効かなかったからではない。スポーツの「意味そのもの」を取り除いてしまったから。スコアの数字に意味を与えていたのは、共有された限界であり、本物の対戦相手であり、「これは本当に起きていて、勝者はただ一人だ」という暗黙の合意だった。それを取り去ったとき残るのは、自分自身に向けられた高価な鏡だけと、Janは結論付けています。


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